アメリカの大統領が2009年1月20日に誕生した。
初の「黒人」の大統領だ。
われわれ日本人はいまだに古い考えを持ってこのことを捉え、いまだに黒人を強調する。
本日2009年2月1日、経済破綻をしたアイスランドにゲイ(レズビアン)の首相が誕生した。
これもまた古い考えの我々では、ゲイ(の女性)であることを強調した報道になる事が予想される。
また、逆にこのことを全く触れないで隠すメディアもあるだろう。
参考
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/europe/7863923.stm
しかし、実際、21世紀の世の中において、このような、いわゆるノーマル、または既存の権力階級、または単純に「大多数の(先進国に見られる)一般的な人々」とは異なった人種や性的志向ということをいまだに重要視し、そのことをことさら大きく報道し、強調することは、まったくもってナンセンスであろう。
ネット社会を通じ市井の人々は、それぞれの人間性や環境、教育、個々の金融資産の量、道徳基準、社会行動の範囲などにおいて、それぞれの共通性、類似性と異質性、相違性を同時に共有し、人は皆 同じで違った存在であることを認識している。
そして個々は、その認識の度合いにおいて、さまざまに異なった意見を発信し、時には排他的に、時には同調的になって、世論を形成していく。
ところが日本においては、事実を伝達する側、もしくはその「現場」にいて社会的指針をもたらす階級層が、そのことを理解せず、しきりに共通性を強調し、あたかも日本の人々はひとつであるというような幻想を抱かせようとする。
しかしもっとも重要なことは、黒人であろうが、ゲイであろうが、現在の文明が作り上げた諸問題を、的確にかつリーダーシップを発揮して、その諸問題を解決する人材を我々は欲し、その結果、そのような、今までと異なる人々に白羽の矢が立ったことである。
我々には色々な問題が、情報の可視化によって山積していることがわかってきた。
そしてそのことを解決する人物を我々は熱望している。
そのような中、20世紀には奇異と移った人々が、リーダーシップを発揮し新しい時代を開くことを海外諸国の人々は望んだ結果、「チェンジ」が起こったわけである。
このことを踏まえ、現在の日本の状況を見ると、非常にわかりにくいし、またそのようなことが起きるとは考えにくい。
それは、日本の政治や経済界には、このような、異人種、異端児、または異色な人物が見当たらないからかもしれない。
目立った「チェンジ」の象徴となる人物、キャラクターを備えた人物は、いまだ見つかっていない。
では、どのような「人物」が日本を変えていくのだろうか?
異端児の存在しない、政界、経済界には存在しないのかもしれない。
むしろ、日の当たらない、異端もしくはアウトサイダー的な人々の中にそういう人材がいるかもしれない。
そう考えると、今は完全に言論上で「差別」されている、ホームレスや派遣労働者、ニート、フリーター、または完全に現在のトレンドから葬り去られた現代の若者などが急に輝いて見えてくるのである。
そしてそのような人口のなかに、リーダーシップを持ち、「チェンジ」を起こす人材が、上記のさまざまな共通性を有しつつも、独自の異端を発揮し頭角を現すことを、我々は望み、そのことを可能にする社会を築く努力をするべきだと思う。



